万葉集の最初にあるのは雑歌である。相聞歌と挽歌が収められている。
その事の意味をぼんやり考えていた。
これについて考えるのは、きっと初めてではない。
前にも同じ事を考え、そして、同じような結論に行き着いたはずだ。
だが、また同じように考える。
そして、今度はもっとより鮮やかに自分の中に刻み込まれる。
確信を持って。
私はこの先ずっと誰かのために文章を書くだろう。
失われた人のために、あるいは、これから失われる人のために。
失われた人に対して、私に可能なのはそれしかないからだ。
為すことができない代償に、言葉はその誰かのために発せられる。
まず商品化する事はできないような文章を書いていくのだろう。
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