これが、歴史が、時代に課した要請であるならば、我々は、誰一人として「否」という権利を、あるは能力を有していない。
 我々に可能なのは、ただ一つ、「諾」という返答のみだ。
 それが、たとえ、どのような不条理であろうと、どのように許し難い過誤により発生した事象であろうと、我々に可能なのは、それを受け容れる事のみだ。

 ただ、思弁的現実と、社会的現実とのレベルの混同は、厳然と区別されねばならない。
 我々が、「諾」というのは、時代に課された要請のみであり、社会的な現実に課された理不尽についてではない。

 いくつものレベルの混同、非論理的思考のもたらす災厄についても、注意深く見守っていかねばならない。

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 万葉集の最初にあるのは雑歌である。相聞歌と挽歌が収められている。
 その事の意味をぼんやり考えていた。
 これについて考えるのは、きっと初めてではない。
 前にも同じ事を考え、そして、同じような結論に行き着いたはずだ。
 だが、また同じように考える。
 そして、今度はもっとより鮮やかに自分の中に刻み込まれる。
 確信を持って。

 私はこの先ずっと誰かのために文章を書くだろう。
 失われた人のために、あるいは、これから失われる人のために。
 失われた人に対して、私に可能なのはそれしかないからだ。
 為すことができない代償に、言葉はその誰かのために発せられる。
 まず商品化する事はできないような文章を書いていくのだろう。

  
 

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 正義の前に、無力さの話をしていたんじゃなかったんだろうか。
 善意の前に、絶望の話をしていたんじゃなかったんだろうか。
 ふと見渡せば、半径200mの善意の万能感が満ちあふれている。
 その事に誰も気付かない。
 本当は気付いているのに気付かないふりをしているのだろうか。
 それもわからない。
 それほどに無邪気な善意の万能感。
 
 過去は、こんなにも簡単に忘れ去られるものなのか。
 繰り返されてきたはずの議論はすべてなかったことにされているのか、あるいは、そんな議論はもともとなかったのか。
 無化された歴史の現在に、茫洋と手を振る。
 
 あなたの正義も、ささやかな善意も、本当に助けを必要としている、目の前の大切なたった一人さえ、助けることは出来はしないのだ。
 だから、と言うわけではないけれど、この前提がない正義や善意の空疎さに、彼らが気付いているのかいないのか、その事さえわからない。

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 気がつけば、死者のことばかり書いている。
 可笑しくもあるが、ここ数年周囲に色濃く死の匂いが立ちこめているのだから、自然な事なのだろう。
 死を特権化するつもりはない。
 死と生のあわいはあまりに脆く、容易にその境は踏み越えられる。
 現代という時代が、そのことに無自覚でありすぎるだけだ。
 今日感じた。
 言葉により何かを描き出すのは、一番目に死者のために、二番目に他者のために、三番目に自分のために。
 三番目の自分は、考慮しなくてもよい。
 何かを描き出し、どこかへ届いたのであれば、自分は充分に報われているのだから。

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 三十才を越えての数年間ではっきりとわかってきたのは、これまで自分が自らの思考で培ってきたと思ってきた価値観の多くが、時代に規定されたものであり、それらの規定ははや時代遅れとなりつつものであった、ということである。
 〈個〉の思考というのがその最たるものであり、その延長線上に〈表現者〉というカテゴライズもある。
 内的衝動により掻き立てられる表現欲求というものを私はもはや信じないし、あるいはそのようなものに魅力を感じない。
 あるいは、〈個〉の立場から透徹した視点で描かれた世界というものも、その完成度により一定の評価はするであろうが、マイナーな評価以上のものを与えることはないだろう。
 これらすべて、近代であった、と思う。
 どこを見渡しても「表現者」あるいは「アート」という修辞が氾濫するようになった現在、すべて最先端の価値であったものは陳腐化して終焉を迎えるという、どこかで見かけた言葉が思い起こされる。
 自らが「表現」をしていると信じている人間の、特権的な自意識こそ、淘汰されてゆくにふさわしい。

 これから、文学というカテゴリーは、一層マイナー化していくだろう。
 物語や詩や言葉はなくなるわけではない。
 近代の枠組みで描かれてきた小説であったり、思想であったり、そうしたものが他の表され方(それが一体何なのかはわからないが)に取って代わられる、という話である。
 
 私自身は、旧世代に軸足を置きながら、書いていくしかないだろう。
 旧世代的価値観の中で育ってきたのだから、仕方がない。
 アナクロニズムと思われるものを書いていくのだろう。

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余白のこと

 昨年、私の両親は、中古のマンションへ引っ越した。
 元の家には、入れ替わりに、兄一家が住んでいる。
 もともと、さして広い家ではない。
 帰省した際には、マンションへ泊まることへなった。
 母の病状などを考えれば、二人ならば、マンションの方が暮らしやすい。
 だが、私にしてみれば、かなり苦痛である。
 両親には、もちろんそうは言わない。

 一体なにが苦痛なのかを考えてみると、その空間構成の余白のなさなのだと思い至る。
 無駄なスペースが一切排除されている空間には、「逃げ場所」がない。
 生活していく上での機能として考えれば、無駄なスペースが存在する必要性はどこにもなく、むしろ歓迎されるべきことなのかもしれない。
 だが、家族とはいえ別の人格を持った人間どうしが一つ屋根の下で暮らす上で、余白は、精神的な緩衝地帯として重要な意味を持つのではないかと思う。

 考えてみれば、「核家族」という形態もまた余白がない。
 祖母が亡くなる前の一時期、実家に同居していたことがある。
 私も看病を手伝いに行ったり来たりを繰り返していたが、両親と顔をつきあわせていた時期に比べると、精神的にずいぶん楽であると感じられた。
 それは、祖母がやはり精神の緩衝地帯としての役割を果たしてくれていたからなのだと思う。
 それはそれで、祖母と母の口げんかであったり、色々と問題は生じたわけであるが、私個人は圧倒的に楽であった。
 これは、おそらく、どの核家族にもある程度は共通する問題ではないかと思う。
 (しかも、大卒団塊は自己主張が強いので、殊更である。)
 三世代同居であれば、親の意識は子供だけでなく、祖父母にも向けざるを得ない。
 親の子供へ向かう意識が分散することにより、子供は楽になる。
 親の意識が分散した分、祖父母からの意識が向けられる。
 また、祖父母と親の関係においても、孫の存在は緩衝地帯として機能する。 
 全般的に、親子関係は、孫子関係よりも、互いに義務的、束縛的にならざるを得ない。
 三世代同居では、それぞれの関係性の刺々しさを中和させる役割を、それぞれが担うことができる、と言えるだろう。
 同級生などで三世代同居で育った人は、どこか鷹揚な雰囲気を持っていて、核家族の中で育った人とはまた違ったような気がする。

 家族とはいえ、必ずしも性格が一致するとは限らない。
 互いに、関係性においてのみ、生活を共にせねばならないという家庭もある。
 余白のある建物と家族形態は、そうした在り方も可能にするものであったと言えるかも知れない。
 少なくとも、現代の家庭環境、居住環境は、それぞれの性格の不一致を際だたせることがあっても、緩衝地帯として機能することはありえないだろうと思う。

 

 
 

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記憶の集積地としての建物

 昔の建物は、人間の暮らしよりも建物を長く保たせることを優先した、と、私も笑いながら軽口を叩いていた。
 だが、正月に奈良を散策して、考えが変わった。
 そこにある建物も仏像も、人ひとりの寿命よりも遙かに長い歳月、存在し続けている。
 その意味を考えた時、これらを人間よりも優先するという発想が、不意に腑に落ちた。

 人の寿命は有限である。
 その事実を受け容れる事は、どの時代であっても、簡単なことではなかったろう。
 なぜならば、人間は「継続」を生活の基盤とするからだ。
 それゆえ、人は死後の世界を想像した。
 (死後の世界を考え出さなかった文明など存在するのだろうか?)
 そして、永続の願いを込めて、人の寿命よりも遙かに長い建物を建て、彫刻を生み出した。
 それら物体に自分自身の一部、おそらくは何か最も重要な部分を同一化させることができるからだ。
 それは、人の祈りであり、希望であったろう。

 そうして保たれた建物は、その建物に関わった人々の記憶の集積地として機能する。
 その建物がある限り、記憶は地層のように積み重なる。
 後世の人は、その建物を取っ手にして過去を引き出すことができる。
 それが正しい歴史である必要はない。
 ただ、過去を想起するという行為が、自分と過去、そして、自分のいない未来とを、ひとつながりのものとして結びつけるのだ。
 建物、あるいは集落、あるいは街であっても構わない。
 どの文化にあっても、これらは無限と思われる時間を結ぶ紐帯である。
 それゆえ、建物は、人の寿命よりも長い歳月、存在し続けねばならない。
 人の暮らしよりも建物を優先するのは、まだ生まれぬ者、既に死に行った者、そしてやがていなくなる自分自身をそこに留め続けるためだ。

 それに比して、建物周りの空間、特に「庭」と呼ばれる空間は、容易に変化する。

 植物の変化する特性に加えて、建物に比べれば、外回り空間はほんの僅かな状況の違いで、求める空間、使い方が大幅に変わってくるいう本質的な違いがあるためだ。

 

 

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年頭所感

 年始というには、もう遅いが、珍しく目標を立ててみた。

一、今年中にエッセイを二〇本あげること。

二、人間を集団として扱うことについての考察を深めること。
  その扱い方、意味合いについて、複眼的に見ること。

 以上、二〇一〇年の目標とする。

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 昨年の夏だったか、浜離宮を訪れた時に汐留の再開発地区を目にした。
 その時に私が抱いた否定的な感情を思い起こしていた。
 それは、憤りや絶望に近いもので、これが現代を象徴するというならば、私は現代を全否定しなければならない、と確信させるような感情だった。
 電通ビル、コンラッド、日テレタワーなどの巨大ビル群が空を塞ぐ光景の異様さは、浜離宮庭園という、江戸時代からほとんど変わらぬ場所から見れば、殊更際だった。

 建築は、いつの時代も権力を象徴する。
 どの時代も、権力は、巨大な建物を欲する。
 それは、バベルの塔の喩えを出すまでもなく、人間の性なのだろう。
 しかし、時の権力者は、建築が顕す権力性に、決して無自覚でも無頓着でもなかった。
 自らの権力を、どのような建築で、どのように誇示するか、ということに、彼らは大きな関心を払ったし、おそらく、権力の維持のためにもそれは必要なことであったろう。

 翻ってみれば、汐留地区の林立する建物はどうだろうか。
 おそらく、これを設計した人々も、その建物を発注した人間も、誰一人として、自らが権力を持ち、この建物が何らかの権力をあらわすのだ、とはまるで考えていまい。
 それは、無定見、という言葉こそがふさわしい。
 ただ、広大な敷地があり、巨額の資金が動き、莫大な人数が働く、そのためだけに、無邪気に彼らはこの異様な建物を欲し、また設計したのだ。
 そこに、自らの持つ権力に対する自覚など欠片ももっていまい。
 自覚なき権力ほど、醜いものはない。

 この時代の、権力を持つ人間の自覚と定見のなさに、私は驚愕したのだ。
 今になってようやくそのことに気がついた。

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 人が死を恐れるのは、あまりに容易に死者を忘れるからだ。
 
 死を想え。
 永久に不可知である自らの死ではなく、昨日まで隣人であった人の死を想え。
 ぼんやりとしか分からない自らの死をいくら想ったところで、観念としての死が徒に肥大するだけだ。
 確かに言葉を交わした人の死を、単調に続く日常の中に刻まれる不在を、想え。
 書物に刻まれた言葉だけを残して去った人々の死を想え。
 文字を通して透けて見える彼らの生を想え。

 そうすることで初めて、死が一体どれだけ豊かなものであるか、知ることができるだろう。

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